苍國来――内モンゴルから志願の挑戦・部屋は小さくても大きな夢

宮崎里司「連載:異境から来た21世紀の力びと」『月刊 大相撲』(読売新聞社)2004年2月号

土壇場で出会ったレスリングのエリート

角界を席巻するモンゴル勢ですが,昨年六月に来日し,秋場所で初土俵を踏んだ彼は,モンゴルといっても,中国内モンゴル自治区出身。本名・恩和布新,モンゴル名・エンクー・トフシン,荒汐部屋苍國来(そうこくらい・蒼国来)です。

「初土俵の時は,何がなんだかわからず,土俵に上がった途端,緊張して体が固まってしまった」そうですが,九州場所では実力を発揮し,序ノ口で見事全勝優勝。今年二十歳を迎える若き力びとは,ステップアップへの手応えをつかんだに違いありません。

一昨年夏,東京・中央区で唯一の相撲部屋として日本橋浜町に誕生した荒汐部屋。地域の相撲ファンの熱い声援に支えられ,部屋にはアットホームな雰囲気が漂っています。高砂部屋や武蔵川部屋のような大所帯の部屋が隆盛を極める中,少人数ながらも工夫を凝らす荒汐親方(元小結大豊)のマンツーマン指導で徐々に力をつけている苍國来は,新しい年にさらなる飛躍を誓っています。

師弟の出会いは昨年四月にさかのぼります。当時,内モンゴル自治区は新型肺炎(SARS)の影響で厳戒態勢の真っただ中。荒汐親方はマスクをつけながら新弟子を発掘するため,剃刀ていとうの刃を渡る思いで東奔西走していました。親方に同行したのは,二人のまな娘(美憂,聖子)をレスリングの世界チャンピオンに育て上げた,元レスリング五輪代表選手で日体大の山本郁栄教授でした。

芳しい成果もないままスカウトを終えた最終日。滞在先のホテルに戻ってみると,テレビの広告会社で働く通訳を連れ立って入門を志願する苍國来が目の前に立っていました。彼自身,モンゴル人横綱朝青龍のうわさを聞き,自分も挑戟してみたいと,悩んだ末の決断だったようです。

基本技の違いに戸惑い。立ち合い直せば・・・

もともと苍國来は,内モンゴルの第三スポーツ体育委員会所属のレスリング学校に十六歳から三年間在籍。二〇〇一年には,十八歳以下の地元のジュニア大会で,百二十八人が参加したトーナメントを勝ち抜いて,フリースタイル八四キロ級王者になった逸材です。その後,全国のジュニア大会でも八位に入賞したあたりは,先輩外国人力士の黒海や琴欧州らと非常によく似ています。

今回の取材に同行した通訳によれば,内モンゴルは,格闘技の種目で,中国全土でも五輪メダルが期待されている地区とのこと。苍國来を育て上げた監督も,非凡な才能に太鼓判を押してくれたので,荒汐親方も若武者のやる気にかけてみる決心をしたのです。

来日当初は,文字を書いたり,絵で説明したり,苍國来との意思の疎通にとても苦労したという親方とおかみさんも,幕内力士のシコ名を少しずつ覚え,日常会話がわかる程度になって満足気の様子です。内モンゴルから初めての角界入りとあって,地元のスポーツ関係者やモンゴルの先輩力士からも注目される苍國来

しかし,その期待の星も,日本ではレスリングやモンゴル相撲とまったく違う相撲の技を基礎から学ばなければならないつらさを身にしみて味わっています。

「親方は,立ち合いと押し相撲のポイントをいつも指摘してくれるんです。でも,まだ番付の上位と当たると,すごい迫力があるんで怖いんです。自分はまだ相撲の基本がわからなくて,下手にやるとケガをしますから。自分でも気づいていますが,やっぱりモンゴル相撲の癖がついているんですよね。九州場所の優勝は,正直あまりうれしいことじやないんです。今までのレスリングで鍛えた蓄えだけでやってるんですよ」

もちろん,そうした弟子の弱点,レスリングで身についた引き技の癖を,親方も見抜いています。

「(押すポーズをしながら)やっぱりこれですよ。相撲は低い体勢から突き上げ,相手の上体を起こさないと。モンゴル相撲を通してかいなの返しとか,まわしを切るとかの技は知っているんですが,まだ(レスリングの)癖がなかなか抜けない。立ち合いがきちんとできれば,将来幕内も夢ではないんですがね・・・」。さらに,体格にも注文がつきます。

「上腕二頭筋がしっかりついてないなど,相撲取りとしての体ができあがっていない。テッポウをやると脇が締まっておっつけもできるようになり,腰が入って前に出ていけるんです」

「全寮制」で培った礼儀正しさ,シンの強さ

しかし,厳しい視線を向けながらも,親方は愛弟子の上達ぶりに大きな期待を寄せています。

「立浪部屋での出げいこに行かせて,三段目と互角に立ち合いができれば,五分以上に勝てると思いました。まあ,目方も一二〇キロ,一三〇キロぐらいあれば十分ですね」

親方の忠告どおりに,苦手だった海鮮料理や刺し身などの日本食も少しずつ克服して,ちゃんこも好物になり,九二キロだった体重が八キロ増えたそうです。年下の兄弟子と,時々小学生みたいなケンカをするという無邪気な青年ですが,けいことなれば別です。モンゴル相撲も日本の相撲も,一番大事なのは基本だということを自覚し,シコを踏む足にも力が入ります。

荒汐親方は,大きな部屋で先輩力士から相撲道を学ばせるため,同部屋の荒行志(一七)とともに,苍國来を陸奥部屋へ送り込みました。そこで関取の背中を流したり,まわしを干したり,掃除,洗濯物の片付けなどの修業を積ませています。一方,おかみさんも,伝統社会に溶け込もうと懸命に努力している苍國来を温かく見守っています。

「性格は素直で,黙ってすっと後ろに来て洗い物を手伝ってくれるんですよ。親方にモンゴルの蒸留酒(ミルクワイン)を買ってきてくれる優しさもあります。厳しい全寮制の学校に入っていたから,礼儀正しいし,シンの強い子です」

昨年の夏,苍國来の祖母が亡くなったときは,帰国させられなかったので,親方も弟子を預かる難しさを痛感したと言います。それでも,苍國来は悲しみを吹っ切り,故郷で遊牧民として生業を立てる父親に二度目の優勝報告ができるようにと,日々けいこに打ち込んでいます。部屋は小さくても,大きな夢を追って─。(みやぎき・さとし)