Grinnell College 授業報告 (2)

北川幸子(Grinnell College, Chinese and Japanese Department. Visiting Instructor)

  1. はじめに
  2. 2006年秋学期・中国語日本語学科
  3. 2006年秋学期・担当コースについて
  4. 知ったこと・学んだこと
  5. おわりに

2006年12月5日

1. はじめに

Grinnell Collegeグリネル大学で日本語を教えて,一年半が経ちました。前回の授業報告では,どのような学生に,どのような環境で教えているのか,簡単にこちらでの様子をご報告しました。今回は,担当授業に関しては,今現在,私が苦労していること,今後の課題だと思っていることなどについてお話したいと思っています。さらに後半では,こちらでの経験から,私が気づいたこと,学んだことなどをまとめてみようと思っています。ここにやって来る前には想定していなかったようなことや,今まで教えてきた現場とは異なった点などについて書いてみたいと思います。アメリカ中西部の,全寮制リベラルアーツカレッジの一例を,私が経験した範囲内でお話しする形にはなりますが,ご一読頂けると幸いに思います。

2. 2006年秋学期・中国語日本語学科

2.1. Off Campus Study program視察

グリネル大学にはOff Campus Study programという制度があり,希望すれば在学中,半年,あるいは1年の“Off Campus Study”を体験することができます。“Off Campus”の場所となるのは,アメリカ国内にある,別のキャンパス,あるいは世界各国にある協定校のキャンパスです。

現在,日本語科目は必修ではなく,Independent Major(*)という形でしか専攻にすることはできませんが,日本の大学で学んでみたいという学生は,このプログラムを利用して,日本に留学することができます。協定校のひとつである早稲田大学にも,毎年数名の学生が留学しています。

* 指導教授と相談し,その分野を専攻とするために必要な授業,単位をどのように取得していけばよいか,計画をたてます。その計画が大学から認められ,無事その単位を履修することができれば,その分野を専攻として学位をとることができます。

今回,日本語のOff Campus Study Programの視察ということで,グリネル大学からいくつかの協定校を訪問することになり,私もその一員として同行しました。訪問先の大学では,日本語の授業や一般教養の授業を見学したり,学食を試食したり,また,学生寮やホストファミリーのお宅を訪問したりなど,留学する学生がどのような生活をすることになるのか,垣間見ることができました。また,ホストファミリーの方々や,受け入れ先のコーディネーターの先生方からも,貴重なお話を伺うことができ,今後の学生指導の参考になりました。

特に興味深かった話としては,高校生の時に留学経験のある学生にとって,日本への留学には過度な期待がかかるようで,二度目の適応に苦労をする学生が意外に多い,というのがありました。それから,ここの学生は,ナイーブなところがあったり,ベジタリアンのように生活にある種の制限がある者が少なくないのですが,大学によっては学生寮での生活と,ホストファミリーとの生活を選択することができるようになっていて,学生寮で日本の生活にある程度慣れたあと,ホストファミリーに移ることも可能だと聞き,学生にとってはありがたい受け皿が用意されているように感じました。

2.2. 広島被爆者のグリネル大学訪問

同僚であるマーニー・ジョレンビー先生の企画で,日本原水爆被害者団体協議会広島支部より,四名の被爆者の方をグリネル大学のキャンパスにお招きし,講演やパネルディスカッションなどをメインに,二週間にわたって様々なイベントを行いました。いくつかのイベントは地元の高校や教会などで,一般に公開して行われ,学生だけでなく,たくさんの地元の方にも足を運んでいただきました。

私自身も,企画の時点から関わらせて頂き,去年の夏にはジョレンビー先生と二人で広島を訪問し,被爆者の方々と事前の打ち合わせを行いました。実際のイベントでは被爆者の方のマネージャー的な業務や,各会場のセッティング,料理や飲み物の手配,イベントのビデオ撮影など,文字通り走り回るほどの忙しさでしたが,準備の時点から関わってきたイベントが成功に終わり,貴重な経験を得ることが出来ました。日本語の学生にとっても,イベントに参加したり,被爆者の方々と一緒に昼食をとる機会があったりなど,日本語学習だけでなく,平和教育という意味においても,貴重な学習体験が得られたのではないか,と思っています。

2.3. Field Trip(日本食レストラン・アジア食材店)

グリネル大学では,コースの内容に関係のあるField Tripを企画した場合,学校からいくらか補助を出してもらえる制度があるのですが,日本語学科ではその制度を利用して一年に一度,バスで一時間半くらいの町にある日本食レストランに学生を連れて行っています。

グリネルの町には日本食レストランもアジア食材店もなく,教室外で「日本文化」に触れる機会はなかなかありません。そういった意味でも,一年に一度のこの機会は,日本文化に触れる貴重な機会となっています。

今回は,事前にレストランから送ってもらったメニューを授業で導入に使ってみましたが,実際に行けるとなると学生のモチベーションがかなり違っていました。日本食を食べたことがなかった学生や,初めてお箸を持った学生もいて,アジア食材店でも皆,楽しそうに買物をしていました。Field Tripのあとには感想文の課題を出したりなど,前後含め,立体的にコースの中に組み込むことができたと思います。

3. 2006年秋学期・担当コースについて

3.1. JP101: 1年生の日本語

去年の学生の授業評価に多かったコメントとして,良くも悪くも「授業のペースが遅い」というものがありました。他の語学は,同じアルファベットで文字などの負担が少ないということもありますが,もう少し早いペースでやっているようです。放課後,2,3時間,復習,予習に時間をかけるのが「常識」の大学なので,学生の感覚がそうなっているのかもしれませんが,確かによくできる学生にとってはゆっくりすぎる部分があったかもしれないと,反省しました。「I+1理論」は理論自体を理解するのは簡単なのですが,+1のレベルがどのあたりなのか,見極めるのが難しいところだと痛感しています。レベルの異なる学生が混在するクラスで,学生に応じて対応を分けるのもテクニックが要ります。意識してやっているつもりですが,それがどの程度できているのかは自信が持てないところです。

この大学では2年生,3年生になってもなかなか話せない学生が多いのですが,その理由には,ある程度基本文型が入っていても語彙力に乏しくて話せない,ということが一つにあると思います。そこで,今年の1年生からは,教科書に加え,別で語彙リストを作成し,語彙の拡大を狙ってみることにしました。実際には来学期から試してみることになりますが,語彙リストの作成やシラバスへの組み込み方など,工夫が求められる部分が大きいと思います。

それから,去年1年生のコースでやって良かったものに,ショートムービーを作るプロジェクト,というものがありました。クラスの中でいくつかグループを作り,グループごとに教科書の課の分担を決め,少なくともその課で習った文法事項は必ずセリフの中に用いなければならない,というようにしました。台本ができた段階で一度添削し,直したものを用いて撮影をさせました。

ここの学生は,撮影や編集などの作業に慣れている者が多く,効果音などの特殊効果を入れたり,字幕や吹き替えなどを使ったりと,素人とは思えないような質の高いものを作ってくるグループが少なくありませんでした。できあがったショートムービーは,大きいスクリーンのある教室を借りて,試写会を行いました。

今年も1年生に同じプロジェクトをさせてみようと思っています。去年の分と合わせてインターネット上にあげてみようかとも考えています。教科書『なかま』のウェブサイトには,授業の工夫例,教案などのリンクがたくさんありますので,それもリンクに加えてもらえることができたらいいのではないかと思っています。

3.2. JP221: 2年生の日本語

2年生になると,教科書『なかま』にはCasual Speechというものが入ってきます。例えば「なければならない」の導入には,「しなくちゃなんない」「しなきゃだめ」などの形も教科書に紹介されていて,練習問題やワークブックなどにも入ってきています。Casual Speechに性差が出る場合は,さらにその説明も入っています。そのたくさんのパターンすべてを同じ力加減で導入すると,どっちつかずで,結局どれも定着しないということになってしまいます。学生によっては,日本への留学を予定している者もいますので,ある程度Casual Speechも教えたほうがいいのだろうとは思いますが,教室という限られた場所で教えることが難しく,いつも苦労しています。

Casual Speechだけでなく,中級レベルになってくると語彙の定着も難しくなってきます。2年生,3年生になってくると,どのような文脈でよく使われる語彙,表現なのか,よくわからないで使っている間違いが目立つようになります。既習の語彙や文法が文脈の中で使われている形でインプットが蓄積されていかないと,効果的なアウトプットにはつながらないと思うのですが,海外の,日本人が5人しかいないこの小さな田舎町で,どのような工夫でインプットを増やしていけるのか,今抱えている問題の一つです。

授業以外では,今学期,中国語学科と合同でお月見のイベントを行ったのですが,2年生には「月夜のうさぎ」の話を紙芝居にして,みんなの前で発表してもらいました。中国語の学生もいたので,英語の対訳付で発表してもらいました。

いつもはあまり交流のない,他の学年の学生同士が交流することができ,上級生の日本語を聞くことで,下級生には良い刺激にもなりました。

4. 知ったこと・学んだこと

4.1. 学生の健康面について

冬は-20°Cまで冷え込むこの地域では,学生にとっても教師にとっても,健康管理が重要ですが,寒い季節が5,6ヶ月も続くと,さすがに体調を壊す人が増えてきます。狭いコミュニティに人間が密集していますので,ひとたび風邪などが流行ると蔓延するのもはやく,クラスの中に急に欠席者が増えることも少なくありません。

体調不良,病気などで授業を欠席する場合には,多くの学生はキャンパス内にあるヘルスセンターで診察を受けることが多いようです。診察を受けると,ヘルスセンターから診察した旨のEメールが各担当講師に送られ,そのメールがあれば,その日のテストの追試などが受けられるようになっています。診察を受けなければ,他の無断欠席などと基本的には同じように扱われてしまいますので,成績を気にしている学生は,面倒でもヘルスセンターに行くようにしているようです。

それから,体の調子が悪い場合以外に,「心」の調子が悪い場合も,ここでは正当な欠席理由として認められています。具体的には,家族の問題や自分自身の進学上の問題,友達や恋人との関係などが原因となって不調になるケースが多いそうです。そのような場合,ヘルスセンターでも診察(カウンセリング)を受けることができます。

基本的にはそのような問題に関しては,ヘルスセンター内のカウンセリングスタッフや,Student Advisingのスタッフが対応しているのですが,この大学では教師と学生の距離が近く,直接学生が個人的な話を相談してくることもあります。学生約10人に対して教師が1人,という割合だそうですから,教師と学生の距離が近いのも納得できますが,Student Advisingのスタッフなどが力になってくれますので,場合によっては専門家に相談し,連携して働きかけていくことが望ましいのだろうと思います。

今回報告書を作成するにあたって,Student Advisingのスタッフに話を伺ってきました。私自身,初めて知ることも多く,色々と勉強になりました。次のところで,その時の話をまとめたいと思います。

4.2. ヘルスセンター・カウンセリングについて

ヘルスセンターは,キャンパス内にあり,グリネル大学の学生であれば,誰でも利用できるようになっています。特に,精神面の健康管理について,どのようなサポートシステムがあるのかなど,より詳しい話を担当者に聞いてきました。

ヘルスセンターの中にはWalk-in Counselingといって,予約なしでカウンセリングを受けることができる場所があります。また,その診察時間外でも,緊急の場合は24時間の電話相談に電話することができます。Walk-in Counselingで最初に会ったカウンセラーと合わなければ,違うカウンセラーに途中で変えてもらうことも出来ますし,在学中,長期的に診察を受けることも可能です。

担当者の話によると,去年1年間の間にWalk-in Counselingを利用した学生の数(異なり数)は347名,アポイントメントをとって診察を受けた学生は半年の間で204名(異なり数)いたそうです(全校生徒数約1400名)。そのような学生に対する対応として教師に求められるものはなんですか,と聞いてみたところ,とにかく専門スタッフに相談して欲しい,ということでした。学生の中にはそれを理由に授業が休めることを悪用する者もいるので,そのためにもStudent Advising を通すように学生に言って欲しい,ということでした。

これは,学生の健康面に限らず,学業に関しても言えることですが,この大学では一人の学生に対して,アドバイザーである教授,その学生が受講している授業の担当講師,学生課や学生指導課のスタッフ,留学生であればさらに上級生のPeer Mentor(相談役)などが連携して指導,サポートにあたっています。そのネットワークの一例としては,例えば毎月のレポートがありますが,それには授業での態度や様子などに心配のある学生の名前を書き,詳しく報告するようになっています。報告があると,学生指導課から他の教師にも連絡がいき,情報が集められます。学生の人数が少なく,教師を含めたスタッフの多さがあってこそできる対応だと思います。

4.3. Disability について

学習障害(Learning Disorder / Disability)に関しては,ここに来る前から多少耳にして知ってはいましたが,実際にそのような障害を持つ学生を受け持った経験はなく,実際的な対応などについてはあまり知識がありませんでした。

私がこれまでここで担当したコースには,学習障害を持つ学生が毎学期数人,学習障害と呼ばれる以外の障害,例えば身体的なものや精神的なものも入れると,実感としてクラスに平均1,2名はいたように感じます。その都度,同僚の先生と相談したり,学生指導課の専門家に話を聞きに行ったりして対応してきました。

学生によっては,既に学習障害と診断されていて,その証明となる書類を持ってオフィスアワーに説明に来る学生もいるのですが,自分からは何も言い出さない学生も中にはいます。書類には,障害の詳しい説明に加え,どのような対応をクラスでする必要があるか,といった情報が,例えば「ワープロやパソコンでノートをとることを許可すること」,「テストの際に他の学生の1.2倍の時間を与えること」などというように,かなり具体的に書かれています。

経験した中では,追試や宿題の再提出など,障害に関係のない交渉までしてくる学生がいて困ったことがありました。あるいは気分の浮き沈みが激しいという精神的な障害を抱えている学生で,いつも授業中寝てばかりの学生がいましたが,どこまでを症状としたものか,対応に困ったこともありました。

そういったことを避けるためには,まず,前もってシラバスの中で条件,ルールなどについて明らかにしておくこと,それから対応に困った時は専門のスタッフに相談することが大事なのだと思います。

4.4. シラバス,同意書などの書類について

3.3.のところでも少し触れましたが,シラバスの中で明記しておく必要がある項目,というのがかなりたくさんあるように思います。この大学以外の教育現場でも当然なされていることとは思いますが,私が今までに教えてきた中では,これほど細かい内容について書くことはあまりなかったので,最初は少し戸惑いました。

例えば内容の例としては,

  • 成績をつける際のスケール
  • 一学期に何度,中間成績を知ることができるか
  • 遅刻の際の出席点はどうなるか
  • どのような欠席理由が追試を受ける際の「正当な」欠席理由となるか
  • 提出日に遅れた課題は評価対象になるかどうか

などといったものです。他の現場でも当たり前にされていることかもしれませんが,ここでは前もって相手に知らせておく,ということが重要な部分であると思います。きちんと書かれていない項目に関しては,学生は交渉可能であると判断するでしょうし,教師にとっても,そういった交渉に毎回巻き込まれるのは疲れるものです。私も色々な経験をして,毎学期ごとにシラバスに書く項目を少しずつ変えてきました。

それから,シラバス以外でも,例えばField Tripを企画した場合には,現地に車で来るのは禁止,日本語以外の学生を連れてくるのも禁止,学校から補助がでるのは13ドルまで,おみやげを買いたい場合は自分のお金で買うこと,といったことなどをハンドアウトにして,紙に残る形で知らせておきます。いじわるを言っているようですが,教師の責任を考えると当然のことや,学生が事前に知っておいたほうがいいことを明らかにしているわけで,考えようによっては合理的なやり方です。

もうひとつ,最近あったことなのですが,来学期の授業の聴講をしたい,という学生がオフィスに来たので,まずは大学の規則を確認したのですが,(もしあればそれに沿った形で話を進めます)私の受け持つコースの形態上,聴講というシステムがないことがわかり,学科長に確認をとって,個人的に学生との間に同意書のようなものを作ることにしました。これもあとあとの面倒なことを避けるための工夫であり,学生にとっても,こちらのExpectationの目安がわかるので,誤解を避けることができる良い面もあると思います。

5. おわりに

早いもので,あと残すところ半年になりました。来学期には3年生のIndependent Studyコースとして,会話クラスを担当します。また,今までどおり,1年生と2年生のクラスもチームで教えることになっています。与えられた機会,時間を無駄にすることなく,いろいろなことを吸収したいと思っています。