書評

山本麻子(2003).『ことばを鍛えるイギリスの学校 ― 国語教育で何ができるか』岩波書店.

イギリスの初等,中等教育について,特に国語教育(英語教育)に焦点を当てて紹介されている。本書では,イギリスの教育制度,教育の捉えられ方・風潮の叙述に始まり,筆者の三人の息子の学校での経験や,筆者が見聞きした教育現場の実践が多数紹介されており,イギリスの年少者教育の実態に触れることができる。

本書を通し,イギリスの教育の根底には「話すことによって学ぶ」という自己表現重視の教育の風潮があり,人前で個人として独立した意見を道筋だて,まとまりとして述べる・書けるようになるための教育手段が強く推し進められていることがわかる。そのため,子どもたちは,かなりレベルの高い言語能力の遂行を幼稚園,小学校のうちから要求される一方,教師たちは子どもたちが言語活動を通して考える力をつけることができるように足場かけすることが求められている。そして注目すべきは,「思考の発展」と「文法的に正しい英語」両方の向上を目指して,言語教育が徹底して行われている点であろう。イギリスには,16歳で必ず受けなくてはならないGCSEという全国統一試験があり,個人の将来はこの試験の結果に大きく左右される。こういった教育制度も,そのような教育のあり方に影響しているのだろう。

さらに本書の後半には,子どもたちが将来を,教育の中で模索できるような仕組みが紹介されている。子どもたちは,職業体験,チャリティ活動などを通して,また大学入学前の一年を「ギャップイヤー」として過ごすことで,学校以外の世界を見る期間をもつことができる。これは,個人が異なることを前提に,早いうちから特定の領域を深く学び,個人の専門性確立を促すことが目指されるイギリスの教育の特徴であると筆者はいうが,日本の教育にも参考になる。また,そのような教育の根底にあるのが言語教育である。

イギリスでは他のどの教科よりも「国語教育(英語教育)」に重きが置かれ,外国語教育は軽視されているようである。この点に関して,英語至上主義促進への懸念を持たざるを得ないものの,本書のタイトルにあるようにまさに「鍛える」という観点で行われているイギリスのことばの教育は,「いかに自己表現できるか」を目指す点が非常に明確である。本書は,そのようなイギリスの言語教育に触れることで,日本の言語教育の在り方を考察する際にも役立てることができるだろう。

さらに本書で特に年少者日本語教育に示唆的な点は,具体的な言語教育実践とその視点であろう。個々は違うという前提のもと,教師はことばのやりとりを通して,子どもの「個を引き出す役割」をしている点,さらに,子どもの自主性が親と教師と地域により推奨され,連携しながら言語教育を行っている点などは参考になる。ただ,移民の子どもたちに対しては,英語重視の教育政策の中で,現在特別な扱いは止められ,イギリスの子どもたちと一緒に教育を受けるようになっているという。「個を引き出す」ことと「正しい英語を話せるようになること」は矛盾しないのか。新たな問いも見出すことのできる一冊である。(山﨑遼子)