前途遼遠(ぜんとりょうえん) II

Chapter 3 「Janitorさん」

山﨑遼子(研究内容紹介

私が,日本の教育の中でとても優れていると感じるのは,子どもたちが「学校で掃除」する点である。私が中学生のときなどは,男子は青,女子は赤の,典型ともいえそうなジャージを着て,頭に手ぬぐいをかぶって20分くらい掃除したものである。ぞうきんを真っ黒になった水で幾度も濯ぎながら,自分が世話になった木の床をぴかぴかになるまで磨いた。ときには,ともだちとぞうきんがけ競争をして勢い余って前方にあった職員室のドアに頭をぶつけたこともあった。10年たった今も,未だに覚えている。

Lakeridge高校の廊下アメリカでは,子どもたちは「学校で掃除」しない。なぜなら,Janitor(ジャニター)と呼ばれる大人の用務員が,大きな掃除機で,学校中を掃除するからである。そのせいか,子どもたちは言われない限りゴミを拾わない傾向がある。その上,クラスによっては,授業中にお菓子をたべることが許されているので,お菓子のかけらが教室の床に散らかっていることもしばしばある。(写真ーLakeridge高校の廊下)

アメリカと日本の学校の制度・しきたり等は異なり,各文脈に応じて色々あっていいけれど,子どもたちは,自分たちで学校を掃除するという概念を知るべきであると思う。生きていると,「嫌なように感じたけどためになった」ということがある。私は掃除もそのうちの一つであると感じる。それに,掃除を通して子ども達のやりとりも多く起こる。

しかし,先日「学校にJanitorさんは必要か」という議題に関して話し合いをしたら,ある生徒が「Janitorはいた方がいい。(LakeridgeのJanitorの一人である)ジョージは話聞いてくれて,とてもいい人だ(coolだ!)から。」と言っていた。その生徒は日頃「ジョージさん」という特別な存在と大切な会話のやりとりを楽しんでいるのだ。Janitorさんも教師も子どももみんな一緒に学校を掃除できたら,一番いいのかもしれない。 [2008-08]

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