前途遼遠@オレゴン
――遼子のアメリカ大学院留学だより

山﨑遼子(研究内容紹介

第2回:日本語教育国際研究大会(ICJLE) 参加報告

2006:ニューヨーク市コロンビア大学

『日本語教育,新時代を迎える』という「キャッチー」なスローガンのもと,日本語教育国際研究大会がニューヨーク・コロンビア大学にて行われた(大会ホームページ)。強い日差しをコロンビア大学敷地内に広げられた石の歩道が照り返し,暑さを倍増させていた。多数の参加者のうち大部分は日本人で,久しぶりに多くの日本語が飛び交う空気に触れ,少し嬉しかった。

大会の幕開けと同時に,トロント大学教授のメリル・スウェイン(Merrill Swain)氏が,「Languaging, Agency and Collaboration in Second Language Learning」というタイトルでご講演された(発表要旨)。学習者主体の概念をメタ言語能力と協働言語活動に焦点を当てながら話され,言語習得のあり方を改めて考えさせられた。氏は,言語と思考についてウィゴツキーの引用を多く用いながら「learner = Agency」すなわち,学習者が何らかの変化や作用を起こす主体であるという前提のもと話されていた。環境というのは機会を与えることしかできず,言語学習(language learning)は学習者が自分の学びを自分の言葉で作用させていくことにより起こる。そして,学習者は協働作業の中で,「言葉について」話すことで起こる気づきや発見により深い合意に達する,もしくは,新しい意味を創生するのだと主張された。個人的には,言葉が意味や概念を示すものとしてだけでなく,認知発達に関連するものとして強調されていたのが印象に残った。

連携・カリキュラムのパネルその後,連携・カリキュラムのパネルに参加した。池上摩希子氏の司会のもと,野山広,齋藤ひろみ,川上郁雄,バトラー後藤裕子の4氏が,政策,フィールド調査,JSLバンドスケール,アメリカのマイノリティ児童生徒,という4側面からご発表された(発表要旨)。具体的には,長期的視野の日本語支援,教育コミュニティの形成,送り出し国と受入国の姿勢,言語能力の捉え方など日本の現状と課題を捉えた後,アメリカの言語的マイノリティ児童生徒への教育の現状をバトラー氏が話され,その後,質疑応答があった。

やはり,言語能力の把握の問題はアメリカでも直面しているようでJSLバンドスケールに関して多くの質問があった。アメリカでは言語能力を把握する方法として,LAS(Language Assessment Scales),Munoz,IPT(Idea Proficiency Test)など多くのアセスメントがあり,各州で異なる。ただ,LASの2はIPTのCに相当するなど一応基準がある。したがって州を移動しても子どもがどの言語能力の段階にいるのか大体の見当を持って対応することができる。日本はその基準すらないので,移動する子どもたちへの対応がかなり臨機応変に行われている。そのことが原因で,十分な(ひどい場合は,全く)言語的支援を受けられない子どもがいるといっても過言ではないだろう。JSLバンドスケールによる言語能力の把握は,全国的に普及すれば日本における先駆的な取り組みとなると思われるが,会場での質疑応答を通して,バンドスケール使用過程の複雑性が普及を難しくしていることを感じた。

連携・カリキュラムのパネルバトラー後藤裕子氏のご発表を聞き,アメリカにおけるESL児童生徒への教育についても考える機会を持った。日本とアメリカは簡単に比較できるものではない。ただ,教育という根底において似た課題を抱えていることも確かである。互いに学べるところは学ぶ姿勢がないと向上もはじまらないだろう。ご発表で提示された研究結果の中で,アメリカの学校では「教育資金のサポートが満足に行われている」ということが示された。私が特に気になったのはその使い道である。アメリカでは,ESL児童生徒(や支援が必要な子ども)が多ければ多いほど,多くの資金援助が政府から学校に出される。また,各学校はその独立性が強く,各校の財政管理は各々の学校により行われ,政府からの資金を学校が自由に使い分けられる。これは,権力が周辺化され良好な構造のように一見されがちである。しかし,実際はこの構造がESL児童生徒にとって不利に働くこともある。例えば,私が先月足を運んでいたある小学校では,多様な言語的背景を持つ子どもたちが多く在籍するにも関わらず,ESLのクラスがなくなった代わりに,リーディングのクラスが多く設けられるようになった。これは,NCLB法)により子どもたちのリーディングのレベルが上がるとさらに多くの資金援助を政府から得られるという事実から,学校が判断し行った変革である。つまり,ESL児童のために多く出された援助金も,その使い道は学校が決めることができるため,リーディングプログラムに多くのお金を使用しているというケースである。全ての子どもが効果的な教育を受けられるよう資金をいかに使用していくのかという点は,日本においても非常に大きな課題であり,批判的視点が常に必要になってくる。

その他,「継承日本語」「学習者と文化」に関する発表を聞いた。調査し分析するまではいいが,その後どのようにその領域を発展させ改善させていくべきなのかという示唆に乏しい点が気になった。自分の研究はいかに社会に貢献するのか。どの分野で研究するにしても何かの役に立とうとする視点がないと,状況の分類で終止してしまうこともあるのだと感じた。

最後に参加した「初等中等教育カリキュラム」のパネルでは,シカゴのK-12(幼稚園から高校まで)の日本語教育におけるカリキュラム向上の取り組みの現段階における成果と現状報告があった。スタンダーズ(5C′s)という枠組みの中での小学校における具体的な日本語教育の取り組みが示された。今回は小学校の取り組みのみ紹介されたが,小中高の連携という視点から日本語教育を見つめる必要性を強く感じた。

今回の学会に参加した人で『日本語教育,新時代を迎える』と感じた人はどのくらいいたのだろうか。課題も展望も山積みだが,「新時代」の今後のあり方は,私を含め日本語教育に関わる人すべてにかかっている。

※Non Child Left Behind法:ブッシュ政権下,「一人も落ちこぼれを出さない」という方針のもとに提案され,2002年に法制化。リーディングを強く推し進めている。詳細はアメリカ合衆国教育省のHPで閲覧できる。[戻る

(山﨑遼子@オレゴン:写真は(c)編集部)

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