書評『私も「移動する子ども」だった』

「周縁」にいる私達の,想像をこえた語り

山本絵美(オランダ:ハーグ・ロッテ補習校教師・ライデン大学大学院)

私自身は「移動する子ども」であった経歴はない。私が立っている位置は,今も昔も,「移動する子ども」の周縁である。高校時代には,友人の多くが「移動する子ども」という環境で過ごした。今はオランダの補習校で,「移動する子ども」たちに囲まれている。パートナーはオランダ人なので,近いうちに「移動する子ども」の母親にもなるかもしれない。

周縁の立場ではわからないことが多い。なんとか知りたくて,資料を読む。しかし,多くの文献において,語っているのは研究者。「移動する子ども」たちの声は聞こえてこない。では,想像するしかないのか。しかし,単なる想像には限界がある。本書に登場する10人それぞれの言葉には,周縁にいる私達には考えつかないようなことが,たくさん詰まっている。語り口調がそのままになっているからこそ,その言葉の選択の裏に何があるのか,考えさせられる。例えば,アメリカ人と日本人のご両親をもつ,華恵さんが自分の英語力について「中途半端に入って」「危険な感じ」(P.66)と表現しているのも,自分の第二言語に対する感情とは全く異なるもので,衝撃を受けた。

また,本書は「移動する子ども」たちの多様性,統計的数字では決してわからないことを教えてくれる。それは同時に,「帰国子女」「ハーフ」「ダブル」「外国人」なんていう,画一的なイメージやステレオタイプをぶち壊してくれる。決して分厚い本ではないのだが,その内容はぎっしり。非常に濃い。個々のインタビューが一時間強だったなんて信じられないほどである。さらに,インタビューの発言の合間や,「インタビューを終えて」に考察が加わることで,「移動する子ども」の概念や,言語と社会の関係性,子どもたちがどう複数言語を学んでいくかなどが,すっきり,かつ深く理解できるようになっている。「移動する子ども」たちにはもちろん,その周縁にいる人々にもぜひおすすめしたい良書である。

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表紙『私も「移動する子ども」だった』『私も「移動する子ども」だった ― 異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー』
川上郁雄(編,著)
2010年5月10日,くろしお出版より刊 [紹介ページ
定価:1,470円 [amazon.co.jpで購入する
目次
  • はじめに 「移動する子ども」とはどんな子どもか[抜粋 >
  • 第一部 幼少の頃,日本国外で暮らし,日本に来た「移動する子どもたち」
    1. セインカミュ(マルチ・タレント) 「外人」と呼ばれて,外人訛りのない日本語で返そうと思った
    2. 一青妙(女優・歯科医師) 台湾で中国語を話し,自分は台湾人と思っていた
    3. 華恵(作家) ニューヨークで英語の本を読みふけっていた
    4. 白倉キッサダー(社会人野球選手) 長野に着いたとき,「タイ語,禁止」と言われた
    5. ,6.響彬斗&響一真(大衆演芸一座) ブラジルで日本舞踊,和太鼓,三味線,歌を習っていた
  • 第二部 幼少の頃から日本で暮らし,複数の言語の中で成長した「移動する子どもたち」
    1. コウケンテツ(料理研究家) 大阪で生まれ,大人が韓国語交じりの日本語を話すのを不思議に思った
    2. フィフィ(タレント) 名古屋で育ち,アラビア語を話さなくなった
    3. 長谷川アーリアジャスール(プロサッカー選手) 埼玉で生まれ,イラン語を「使えないハーフ」と語った
    4. NAM(音楽家・ラッパー) 神戸で生まれ,「ベトナム語は話さんといて」と親に言った
  • 終章 「移動する子ども」だった大人たちからのメッセージ
  • あとがき
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