書評『私も「移動する子ども」だった』

私も「移動する子ども」を育ててきました

トムソン木下千尋(豪州・ニューサウスウェルズ大学)

私も「移動する子ども」を育ててきました。

この本を読んで真っ先に思ったのは,娘が小さい頃にこの本に巡り会えていたらどんなによかっただろうということです。言語教育を生業とする私でも,いえ,生業とするからこそ,娘の言語教育には葛藤がありました。この本には言語間を行き来しながら立派に成長した10人の皆さんの姿が生き生きと描かれています。皆さんはそれぞれが実に様々な生活環境,言語環境を経て,今の自分を見つけ出してきています。そしてその背後には,一緒にキャッチボールをしてくれた社会人野球選手キサッダーさんのお父さん,今は作家となった華恵さんの心に届く本を図書館から借りてきてくれたお母さん,心置きなくサッカーができるように横浜の寮生活を支えてくれたプロサッカー選手アーリアさんのご両親,日本での通称を自分で好きに決めなさいと自主性を尊重してくれたラッパーNAMさんのご両親と,皆さんを支えてきた人々の姿が見え隠れし,育て方に違いはあっても,温かい愛情が伝わってきます。

私はこの本から,自分の娘を他の子どもと比べる必要がないことを学びました。一人一人がみな違う,そんな当たり前のことを子育ての最中には見失いがちなのです。

今,あるいはこれから「移動する子ども」を育てるお父さん,お母さんにこの本をぜひ読んでいただきたいと思います。

子どもにとって大切なことは完璧なバイリンガルになることではなく,安心して自分らしさを探せる場所を提供してくれる誰かがそこにいることなんですね。川上先生,ありがとうございました。

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表紙『私も「移動する子ども」だった』『私も「移動する子ども」だった――異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー』

  • 川上郁雄(編,著)
  • 2010年5月10日,くろしお出版より刊 [紹介ページ
  • 定価:1,470円