書評『私も「移動する子ども」だった』

私も「移動する子ども」でした。そして現在は「移動する子ども」の母です。

岡部めぐみ(スイス:ルツェルン在住,スイスこども図書館館長)

本書が非常に興味深いのは,それぞれ異なったバックグラウンドを持つ10人の「移動する子ども」へのインタビューを通して,移動する子どもであった私自身,共感できる部分が多数あったことです。そして,なんだ私だけじゃなかったんだと思え,今まで抱えていたモヤモヤがすぅーと解消されたような気になりました。現在活躍されているタレントのセイン・カミュさんも私と同じような悩みを抱え劣等感を感じていた時期があったんだ,同化したい一身に必死に完璧な発音を心がけたセインさん,私の取った行動と全く同じだ,と知るだけで自分だけが特異な存在でも弱かったからでもなく,状況が子ども達にそうさせていたんだ,と思えるようになりました。私自身,日本帰国後,帰国生受け入れ高校に入学したにも関わらず,この本に書かれているような心の中での葛藤を友達と話す機会はほとんどなかった気がします。その渦中にある思春期の子ども達にはそれぞれ中途半端と感じる言語能力からくる劣等感や不安,アイデンティティの悩みなどモヤモヤした気持を他の友達と語り合うことは難しかったのかなと思いました。その頃,この本に出会っていたらどんなに勇気付けられたことでしょう。この本は移動する子ども必読だと思います。

そして,この本をきっかけに海外で子育てをしているお母さんから,移動する子どもはこんなに悩むのであれば,防げるものなら思春期に子どもの移動は避けた方がよいのかしら?と質問されました。その問いから,自分の経験した移動の大変さを思い起こし,できるものなら避けた方がよいとアドバイスしようかと思いました。しかし,よく考えると今の自分はあのときの移動がなかったら違った人間になっていた。複数の文化・言葉の間を移動したからのチャレンジもあったが,同時に得がたい経験をすることができた,そしてそれが今の自分の付加価値になっているのではということに気づきました。この本に出てくる移動する子どもだった方々も移動の経験をプラスに働かせ,現在各方面でご活躍されています。これはとても心強いメッセージだと思います。 移動する子どもだった10人へのインタビューと川上氏による見解は,何より分かりやすく,そして心に響く内容がぎっしり詰まっています。この本は,移動する子ども,そしてそれを支える方々,必読だと思います。

<< 書評の目次< 前の書評次の書評 >

表紙『私も「移動する子ども」だった』『私も「移動する子ども」だった ― 異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー』
川上郁雄(編,著)
2010年5月10日,くろしお出版より刊 [紹介ページ
定価:1,470円 [amazon.co.jpで購入する
目次
  • はじめに 「移動する子ども」とはどんな子どもか[抜粋 >
  • 第一部 幼少の頃,日本国外で暮らし,日本に来た「移動する子どもたち」
    1. セインカミュ(マルチ・タレント) 「外人」と呼ばれて,外人訛りのない日本語で返そうと思った
    2. 一青妙(女優・歯科医師) 台湾で中国語を話し,自分は台湾人と思っていた
    3. 華恵(作家) ニューヨークで英語の本を読みふけっていた
    4. 白倉キッサダー(社会人野球選手) 長野に着いたとき,「タイ語,禁止」と言われた
    5. ,6.響彬斗&響一真(大衆演芸一座) ブラジルで日本舞踊,和太鼓,三味線,歌を習っていた
  • 第二部 幼少の頃から日本で暮らし,複数の言語の中で成長した「移動する子どもたち」
    1. コウケンテツ(料理研究家) 大阪で生まれ,大人が韓国語交じりの日本語を話すのを不思議に思った
    2. フィフィ(タレント) 名古屋で育ち,アラビア語を話さなくなった
    3. 長谷川アーリアジャスール(プロサッカー選手) 埼玉で生まれ,イラン語を「使えないハーフ」と語った
    4. NAM(音楽家・ラッパー) 神戸で生まれ,「ベトナム語は話さんといて」と親に言った
  • 終章 「移動する子ども」だった大人たちからのメッセージ
  • あとがき
世界から寄せられた書評一覧のページ