書評『私も「移動する子ども」だった』
「移動する子どもたち」みんなの思いを,たくさん受け止めました
小川郁子(東京都中学校日本語学級教員)
日本で「移動する子ども」と関わって20年になります。
本書を読んで,複数の言語と文化の中で生きることにも,ずいぶんバラエティがあると感じました。最も印象に残ったのは,一青妙さんと中国語の関わりです。彼女が自分の中国語力が中途半端だったことに気づいて,新たな関わりを作り出そうとする姿勢には,ちょうど中学校で来日した生徒たちと重なるものを感じました。たまたま2010年の夏休みに,1990年代前半に教えた生徒たち(中国残留邦人3世)が集まり,この15年間の話を聞きました。彼らの中には,一青妙さんと同じことを言っていて,改めて中国語を学び直した者がいました。生徒の多くが,「自分は中国人であり,日本人だ,両方ある」と言っていたことが心に残っています。「どっちでもない」とは言わず,「どっちも」と言っていたのはうれしく思います。また,娘が高校生になり,自分が娘と同い年の時に中国からまったく日本語がわからずにやってきた気持ちを,娘がわかろうとしてくれるようになった,と話した元生徒もいました。
この本の中で語られていることばの多くに,「ああ,そういえば,あの子もこういうことを言っていた」と生徒のことばを思い出しました。でも,ぽつりと語られるそのことばの裏にどれだけの思いがあるのか,なかなか探りきれないものがありました。本書はそれをいくぶん明かしてくれたのですが,それでも私は,「もっともっと詳しく教えて」と言いたい気持ちです。でも,ことばで伝えるのはなかなか難しく,どんなにことばを尽くして説明したとしても,同じ体験をしていない私には伝わりきらないのかもしれません。
私たちが携わっている「移動する子どもたち」の支援の仕事は,彼らの生き方を支える深く責任の重い仕事なのだと感じました。これからも子どもたちの声に心を傾け,そこからたくさんのことを考えていきたいと思います。
『私も「移動する子ども」だった ― 異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー』- 川上郁雄(編,著)
- 2010年5月10日,くろしお出版より刊 [紹介ページ]
- 定価:1,470円 [amazon.co.jpで購入する]
- 目次
- はじめに 「移動する子ども」とはどんな子どもか[抜粋 >]
- 第一部 幼少の頃,日本国外で暮らし,日本に来た「移動する子どもたち」
- セインカミュ(マルチ・タレント) 「外人」と呼ばれて,外人訛りのない日本語で返そうと思った
- 一青妙(女優・歯科医師) 台湾で中国語を話し,自分は台湾人と思っていた
- 華恵(作家) ニューヨークで英語の本を読みふけっていた
- 白倉キッサダー(社会人野球選手) 長野に着いたとき,「タイ語,禁止」と言われた
- ,6.響彬斗&響一真(大衆演芸一座) ブラジルで日本舞踊,和太鼓,三味線,歌を習っていた
- 第二部 幼少の頃から日本で暮らし,複数の言語の中で成長した「移動する子どもたち」
- コウケンテツ(料理研究家) 大阪で生まれ,大人が韓国語交じりの日本語を話すのを不思議に思った
- フィフィ(タレント) 名古屋で育ち,アラビア語を話さなくなった
- 長谷川アーリアジャスール(プロサッカー選手) 埼玉で生まれ,イラン語を「使えないハーフ」と語った
- NAM(音楽家・ラッパー) 神戸で生まれ,「ベトナム語は話さんといて」と親に言った
- 終章 「移動する子ども」だった大人たちからのメッセージ
- あとがき
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