書評『私も「移動する子ども」だった』
「移動する子ども」たちとともに ― 信頼しあえる関係を築くために
松井久子(スウェーデン:ストックホルム日本人補習学校 講師)
「移動する子ども」を教える教師でもあり,スウェーデンで複数言語の中で育ち思春期を向かえた子どもをもつ母親でもあるわたしにとって,本書は非常に示唆に富むものだった。
家庭で日本語を話していれば,日常会話レベルの日本語能力は身について不自由はないが,小学校高学年から中学生になり,教科書に使われている言葉や内容が抽象的で難解になる中で,「日本語は分からない」とあきらめ,自分自身の中にある日本語能力に自信が持てなくなっていく子どもたち。ともすれば,自身の中にあった日本人のアイデンティティさえも見失われていってしまう。いずれは立派に成長していってくれるだろうと信じながらも,そんな最中にある子どもたちに,どうモチベーションを与え,どんな方法で,どうサポートしていくのがよいのか,そんなことをわたしは日頃考えていた。
本書が非常に興味深いのは,10人の「移動する子ども」へのインタビューを通して,私自身が体験していない子どもたちの視点や心理状況を垣間見ることができること,そして終章では,それらから導き出された川上先生の見解に,だれもが納得できる回答やヒントを得られるところだ。特に「自分自身の中にある多様な経験と複数言語能力をポジティブにとらえることによって新しい自分のありかたや生き方を発見できた」という点はすべての人に共通することだろう。
「主体的に学ぶ機会を与えられるとき,人は言葉を覚えていく」。しかし,それがいつ来るかは,個々の言語能力の到達度同様,一人ひとり違う。一人ひとり違う子どもの発達段階を見守り,個を尊重し,子どもたちが自己の複数言語能力にポジティブに向き合えるように,可能性を信じてポジティブなフィードバックを返してやれる教師,そして母親でありたいと願っている。
『私も「移動する子ども」だった ― 異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー』- 川上郁雄(編,著)
- 2010年5月10日,くろしお出版より刊 [紹介ページ]
- 定価:1,470円 [amazon.co.jpで購入する]
- 目次
- はじめに 「移動する子ども」とはどんな子どもか[抜粋 >]
- 第一部 幼少の頃,日本国外で暮らし,日本に来た「移動する子どもたち」
- セインカミュ(マルチ・タレント) 「外人」と呼ばれて,外人訛りのない日本語で返そうと思った
- 一青妙(女優・歯科医師) 台湾で中国語を話し,自分は台湾人と思っていた
- 華恵(作家) ニューヨークで英語の本を読みふけっていた
- 白倉キッサダー(社会人野球選手) 長野に着いたとき,「タイ語,禁止」と言われた
- ,6.響彬斗&響一真(大衆演芸一座) ブラジルで日本舞踊,和太鼓,三味線,歌を習っていた
- 第二部 幼少の頃から日本で暮らし,複数の言語の中で成長した「移動する子どもたち」
- コウケンテツ(料理研究家) 大阪で生まれ,大人が韓国語交じりの日本語を話すのを不思議に思った
- フィフィ(タレント) 名古屋で育ち,アラビア語を話さなくなった
- 長谷川アーリアジャスール(プロサッカー選手) 埼玉で生まれ,イラン語を「使えないハーフ」と語った
- NAM(音楽家・ラッパー) 神戸で生まれ,「ベトナム語は話さんといて」と親に言った
- 終章 「移動する子ども」だった大人たちからのメッセージ
- あとがき
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