書評『私も「移動する子ども」だった』
「せざるを得ない」から「する」へ
門倉正美(横浜国立大学留学生センター)
セイン・カミュやフィフィなど10人の「移動する子ども」だった若者たちが,自らが体験した地域間,言語間,言語教育/学習間の移動について思うところを存分に語っている。
先日の日本語教育学会春季大会で,そのフィフィがパネルでの川上さんとのインタビューの中で,自分の言語力について「中途半端」と言っていた(本の中でも,そう述懐している:p.149)のが強く印象に残った。
川上さんとの間で生き生きとしたやり取りを展開する彼女に「中途半端」と言わせるのは,彼女が受けた有形・無形の言語教育が育む言語規範意識によるものだろう。
川上さんは,アイデンティティを,自分のあり方にたいする「自分と他者の思いの相互作用」(p.212)の中に見ているが,言語に関するアイデンティティも,まさに自他の相互作用の中で形成されていく。
「中途半端」という言葉を哀切にとらえれば,「移動する子ども」の「移動」は決して主体的なものではなく,「移動させられた」(川上さんも,この含意に当初から注意を促していた),あるいは「移動せざるを得なかった」ものであることに,あらためて思いいたる。「移動する子ども」は,空間的にだけでなく,言語間も,また言語を通したアイデンティティ間も,ときに「移動せざるを得ない」。
しかし,フィフィや,この本に登場する,かつての「移動する子ども」たちは,「移動せざるを得ない」という二重否定を,「移動する」というポジティブな姿勢でとらえ返す,突き抜けた明るさを読み手に感じさせる。
最後に,多種多様な背景をもつ10人をそれぞれの深い内省へと導く,聞き手である川上さんの,文化人類学のフィールドで培われた(?),柔らかい感受性に敬意を表したい。
『私も「移動する子ども」だった ― 異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー』- 川上郁雄(編,著)
- 2010年5月10日,くろしお出版より刊 [紹介ページ]
- 定価:1,470円 [amazon.co.jpで購入する]
- 目次
- はじめに 「移動する子ども」とはどんな子どもか[抜粋 >]
- 第一部 幼少の頃,日本国外で暮らし,日本に来た「移動する子どもたち」
- セインカミュ(マルチ・タレント) 「外人」と呼ばれて,外人訛りのない日本語で返そうと思った
- 一青妙(女優・歯科医師) 台湾で中国語を話し,自分は台湾人と思っていた
- 華恵(作家) ニューヨークで英語の本を読みふけっていた
- 白倉キッサダー(社会人野球選手) 長野に着いたとき,「タイ語,禁止」と言われた
- ,6.響彬斗&響一真(大衆演芸一座) ブラジルで日本舞踊,和太鼓,三味線,歌を習っていた
- 第二部 幼少の頃から日本で暮らし,複数の言語の中で成長した「移動する子どもたち」
- コウケンテツ(料理研究家) 大阪で生まれ,大人が韓国語交じりの日本語を話すのを不思議に思った
- フィフィ(タレント) 名古屋で育ち,アラビア語を話さなくなった
- 長谷川アーリアジャスール(プロサッカー選手) 埼玉で生まれ,イラン語を「使えないハーフ」と語った
- NAM(音楽家・ラッパー) 神戸で生まれ,「ベトナム語は話さんといて」と親に言った
- 終章 「移動する子ども」だった大人たちからのメッセージ
- あとがき
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