書評『私も「移動する子ども」だった』

移動する子どもたちを応援します

橋本博子(オーストラリア・モナシュ大学)

本書を読んで,様々な事情で「移動する子どもだった」人たちのライフストーリーを身近に感じ,どの人も応援したくなりました。日本の読者にとっては,メディアなどを通してよく知っている人の「知らなかった話」で,とっつきやすく,今,自分の住む地域に増えているのもこういう子どもなんだ,という大切な気づきになると思います。研究書では手にとってもらえない一般読者に向けた本書の意義は大きいでしょう。

私の日々接しているオーストラリアの大学生にも,「移動する子ども」が多いですし,短期留学生の日本への送り出しという仕事を通じて,すでに「移動する子どもだった」学生のさらなる移動や,移動の第一歩のお手伝いをしています。本書のライフストーリーに示されているように,周りの人や社会との関係性でアイデンティティが形成されていくことを実感します。

オーストラリアは二言語以上使える人が多いといっても,それは移民(人口の20%強は海外生まれ)や二世が多いからです。残念ながら,日本でもオーストラリアでも,言語的・文化的に多数派に属する人たちにとっては,まだまだモノリンガル・モノカルチャーが「基準」になっているのではないでしょうか。川上先生が最後に書いていらっしゃるとおり,「移動する子どもたち」が21世紀のマジョリティになっていくのは必至だし,ぜひともそうなってほしいと願っています。

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表紙『私も「移動する子ども」だった』『私も「移動する子ども」だった ― 異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー』
川上郁雄(編,著)
2010年5月10日,くろしお出版より刊 [紹介ページ
定価:1,470円 [amazon.co.jpで購入する
目次
  • はじめに 「移動する子ども」とはどんな子どもか[抜粋 >
  • 第一部 幼少の頃,日本国外で暮らし,日本に来た「移動する子どもたち」
    1. セインカミュ(マルチ・タレント) 「外人」と呼ばれて,外人訛りのない日本語で返そうと思った
    2. 一青妙(女優・歯科医師) 台湾で中国語を話し,自分は台湾人と思っていた
    3. 華恵(作家) ニューヨークで英語の本を読みふけっていた
    4. 白倉キッサダー(社会人野球選手) 長野に着いたとき,「タイ語,禁止」と言われた
    5. ,6.響彬斗&響一真(大衆演芸一座) ブラジルで日本舞踊,和太鼓,三味線,歌を習っていた
  • 第二部 幼少の頃から日本で暮らし,複数の言語の中で成長した「移動する子どもたち」
    1. コウケンテツ(料理研究家) 大阪で生まれ,大人が韓国語交じりの日本語を話すのを不思議に思った
    2. フィフィ(タレント) 名古屋で育ち,アラビア語を話さなくなった
    3. 長谷川アーリアジャスール(プロサッカー選手) 埼玉で生まれ,イラン語を「使えないハーフ」と語った
    4. NAM(音楽家・ラッパー) 神戸で生まれ,「ベトナム語は話さんといて」と親に言った
  • 終章 「移動する子ども」だった大人たちからのメッセージ
  • あとがき
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