『私も「移動する子ども」だった―異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー』

本書は,幼少期に複数言語環境で育った「移動する子どもたち」で,現在各方面で活躍している方々が自らの半生を惜しみなく語る対談集です。

表紙:私も「移動する子ども」だった

目次

はじめに ― 「移動する子ども」とはどんな子どもか
川上郁雄
第一部 幼少の頃,日本国外で暮らし,日本に来た「移動する子どもたち」
  1. セインカミュ(マルチ・タレント)
    「外人」と呼ばれて,外人訛りのない日本語で返そうと思った
  2. 一青妙(女優・歯科医師)
    台湾で中国語を話し,自分は台湾人と思っていた
  3. 華恵(作家)
    ニューヨークで英語の本を読みふけっていた
  4. 白倉キッサダー(社会人野球選手)
    長野に着いたとき,「タイ語,禁止」と言われた
  5. ,6.響彬斗&響一真(大衆演芸一座)
    ブラジルで日本舞踊,和太鼓,三味線,歌を習っていた
第二部 幼少の頃から日本で暮らし,複数の言語の中で成長した「移動する子どもたち」
  1. コウケンテツ(料理研究家)
    大阪で生まれ,大人が韓国語混じりの日本語を話すのを不思議に思った
  2. フィフィ(タレント)
    名古屋で育ち,アラビア語を話さなくなった
  3. 長谷川 アーリア ジャスール(プロサッカー選手)
    埼玉で生まれ,イラン語を「使えないハーフ」と語った
  4. NAM(音楽家・ラッパー)
    神戸で生まれ,「ベトナム語は話さんといて」と親に言った
終章 ― 「移動する子ども」だった大人たちからのメッセージ
川上郁雄
あとがき

推薦のことば

西原鈴子(文化庁文化審議会会長,日本語教育学会元会長)

10人の「移動する子ども」だった方々のお話は,複数の言語との接触が同時に複数の「生き方」との接触だと教えてくれます。これは移動というオプションで育まれた豊かなこころの軌跡の物語です。研究者にはわくわくするデータ,子育てをする人には得難い参考書,成長中の若者には力強い応援歌となることでしょう。

はじめに ― 「移動する子ども」とはどんな子どもか

川上郁雄

最近,テレビなどを見ていると,「日本語のうまい外国人」の方がよく登場します。以前にもいわゆる「外国人タレント」のような人はいました。日本語も上手でしたが,どこか外国人特有のアクセントなどもあったように思います。しかし,最近は,とても滑らかに日本語を使う「外国人」の方がさまざまな分野で活躍されているように見えます。また名前や顔立ちから,「外国人」のように見える「ハーフ」とか「ダブル」と呼ばれる人もいます。こちらも日本語はとても上手です。

私が教えている大学にも,海外からやってくる留学生の中に,日本人らしい名前の学生がいます。海外へ渡った日本人の親を持ち,その地で生まれ育った若者が,日本語や日本のことを学ぼうとして日本に「留学」してくるのですが,最近,その数が確実に増加してきています。そのような若者は,英語やドイツ語,タイ語,タガログ語など,その国の言語ができるうえ,日本語も話せます。

私は,このような大人や学生たちを見かけるたびに,彼らがどのように日本語を学習しているのかについて,また複数の言語をどのように身につけたのかについて,考えるようになりました。というのは,今,国境を越え,複数の言語を操る「移動する子どもたち」が活躍している現象が,日本も含め世界各地で見られるからです。

(本書,「はじめに」より)