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日本語教育が必要な子どもたち
※『早稲田学報』第10号. Pp.10-13. (2004) より転載
1. 多国籍化・多文化化する学校
日本の学校は,多国籍化・多文化化時代に入ったといえる。
日本には現在200万人以上の外国籍居住者が住んでおり,その国籍数は180を超えている。この10年間に,外国籍居住者は50万人以上増加したと推定される。この増加の背景には,国際化,グローバリゼーション,トランスナショナルな人口の移動,労働力の移動などが考えられるが,日本社会が多国籍化・多文化化社会へ向かっているということは確かである。
その現象は,学校現場にも現れている。日本に入国する外国籍居住者の同伴する子どもや日本生まれの子どもが,今,日本の学校に多数在籍している。これらの「日本語を母語としない」子どもたちの言語数は,60言語に及ぶ。
2. 子どもたちの課題と新宿区の様子
文部科学省は毎年「日本語指導が必要な外国人児童生徒」数を公表している。平成15年度の場合,その数は約19000人となっている(文部科学省WEBサイト)。しかし,実際には「日本語がまったく話せない子ども」から「日本語は多少話せるが,教科学習についていけない」子ども,学校にさえ行かない「不就学」の子どもまで,教育的支援の必要な子どもたちの数は,文部科学省が公表する数よりはるかに多いと推定される。
このような「日本語を母語としない子どもたち」は全国にいるが,早稲田大学のある新宿区においても,近年目立ってきている。現在,新宿区の人口の約10人に一人は外国籍居住者で占められており,その結果,新宿区内の学校の中には,在校生の半数以上が,「外国にルーツを持つ」子どもたちで占められている公立学校もある。
3. 「早稲田モデル」の実践
早稲田大学大学院日本語教育研究科では,日本語教育を通じて社会へ貢献することを念頭に,2002年度に新宿区教育委員会と「日本語教育ボランティア」の派遣に関する「協定」を締結した。その内容は,学校に在籍する「日本語指導の必要な子ども」に対して,日本語教育研究科の大学院生がボランティアで日本語指導や学習指導を行うという趣旨である。
日本語教育研究科は「日本語教育の専門教育」を通じて「日本語教育の専門家」を養成している。日本語教育研究科には,これらの子どもたちの母語である中国語や韓国語,英語,スペイン語,ロシア語などを話す留学生や日本人の大学院生がいる。この大学院生たちが,専門知識を生かしながら,日本語がまだ十分でない子どもたちの教育を支援するのである。これを,私は「早稲田モデル」と呼んでいる。
このモデルの利点はさまざまある。支援を必要とする子どもにとって,個別に指導を受けられることは心の支えとなる。さらに,子どもの教育に不安を持つ親や,人手の足りない学校,また親の不安や要望に応えなければならない教育委員会にとっても,有益な支援となっている。
一方,日本語教育研究科にとっても利点がある。大学院生は,この「日本語教育ボランティア」の実践を通じて,地域や社会の多様なニーズに日本語教育がどのように貢献するかというテーマを追求することになる。そのことは,これからの時代にあった「日本語教育専門家」の育成につながると考えられる。大学院での理論研究だけでなく,実際の教育現場での実践研究と結びつける中で「教員養成」を行う点が,早稲田の日本語教育研究科の大きな特徴なのである。すでにこれまで新宿区内の約15校の公立小中学校に日本語教育研究科から延べ約50名の大学院生が「派遣」され,これらの子どもたちの指導にあたってきた。
4. 「JSLバンドスケール」の開発
私が主幹する「年少者日本語教育研究室」で現在最も力を入れている研究は,「JSLバンドスケール」の開発である。JSLとは「Japanese as a Second Language:第二言語としての日本語」という意味で,バンドスケールは「ものさし(scale)の束」という意味である。この研究は,「日本語を母語としない子どもたち」の日本語能力を測定する「ものさし=基準」を開発しようという試みである。文部科学省は,毎年「日本語指導が必要な児童生徒」数を公表しているが,その調査の基準は極めて曖昧である。どのような子どもたちにどのように指導をするかも明示されていない。そのため,学校現場は手探りの状態に置かれているのである。
「JSLバンドスケール」は,そのような現状を打開するために開発されている。小学校から高校生までの子どもたちの,「聞く,話す,読む,書く」の4技能ごとに日本語能力の発達上の特徴を詳しく記述した冊子を作成した。指導者は子どもの様子を観察し,その子どもの言語発達・日本語習得の特徴が「JSLバンドスケール」のどのレベルの特徴と一致するかを見ることで,子どもの言語発達を把握することができるのである。
この「JSLバンドスケール」は,現在,新宿区だけでなく,他の地域でも試行的に使用され,その検証が行われている。この「JSLバンドスケール」を使うことによって,子どもたちの言語発達の現状が明らかになり,さらには,子どもに適切な指導法や教材を開発することも可能になると期待される。(JSLバンドスケールのページ)
5. 「わにっ子クラブ」の展開
上述の「年少者日本語教育研究室」には,日本語教育研究科の大学院生が運営する「早稲田こども日本語クラブ」(通称,わにっ子クラブ:早稲田の「わ」,日本語の「に」,こどもの「こ」から造語)がある。この「わにっ子クラブ」は子どもたちへの日本語指導だけでなく,新宿区の学校へ通う「日本語を母語としない子どもたち」や日本人の子どもたちを毎年2回,夏と冬に大学に招き,ゲームや遊びをやって楽しく1日を過ごす「わにっ子・ワンデイキャンプ」というイベントを行っている。そのねらいは,背景の異なる子ども同士が異なる意見や考え方を乗り越えて共に生きていくことを学ぶことにある。(わにっ子クラブのサイト)
多国籍化・多文化化社会へ向かっているのは,けっして日本ばかりではなく,世界各国に共通する現象である。したがって,多文化共生社会へ向けた社会システムづくりをどうするか,そのための教育をどうするかは,現在,各国に共通する課題となっている。早稲田大学大学院日本語教育研究科も,その共通する課題に向けた多様な実践を行っているが,私の研究室では,日本に居住する「日本語を母語としない子どもたち」が母語と日本語による言語能力を十全に発達させ,自己実現と社会参加が可能になるような支援をすることから,この課題を追求したいと思っている。