南十字星の下で――優子のメルボルン便り

第3回 2006年7月

青木優子(研究内容紹介

メルボルンでの研修も半分が終わり,6月末から冬休みに入った。生徒達との暫しの別れを惜しみながら,この休みを利用して,ブリスベンで行われた「The 5th Pacific Second Language Research Forum」に参加するため,北へ向かった。

ブリスベン空港に降り立つと,気候がメルボルンとは丸で違うことに驚いた。青く高い空に,冬でも日の光がとても痛く感じる。季節が3ヶ月程前に戻ったような感じだ。フォーラムが行われたクイーンズランド大学は,ブリスベンの街からバスで約20分の小高い丘の上にあり,早稲田の5倍以上はあるのではないかという広々としたキャンパスに沢山の緑が印象的だった。

今回のフォーラムでは,日本語教育だけでなく,ESL・EFLを始めとした各言語からの研究・実践が発表された。年少者の言語教育に関する報告を中心に聴講し,日頃教室で感じていた問題点に言及する発表もいくつか聞くことが出来た。特に興味深かったのは,「12年生に対する内申書では,本当に生徒の言語発達を測れているのか」という報告だ。州の定める‘生徒に身につけさせるべき能力’と,実際に現場で行われている教育に大きな開きがあるという点に言及し,入試で求められている内容を準備させるためには,2年間の授業では時間が足りず,テストのために教室活動は知識の伝達中心になりがちで,会話テストでも,生徒は予め設定された枠組みの中で,記憶した文や単語を使って話すのみに終始している。そのようなテストで,生徒の伸びや言語力を評価できるのかという指摘であった。

海外では日本人と接する機会も日本語を使う機会も非常に限られているため,学習動機も日本という国や文化・人々に対する興味より,目の前にある入試に傾きがちであるということを日々感じていた。生徒達のニーズは,日本語を使ってどのように自己を表現できるようになるかではなく,いかに良い評価,良い点数を取って目標の大学に進学するかということにある。そのような学習者のニーズに応えながら,シラバスの求めるようなコミュニケーション能力・多文化理解能力・認知能力をつけさせる教室活動をいかに行うかということは,今後,考え続けなければならない課題である。

全体的に,年少者に関する報告では,実践から得られたデータ結果を報告するにとどまるものや,単語や概念・知識をどのように教えるかといった報告が目立ち,‘言語教育’自体の意味をもう一度考え直す必要があるのではないかということを強く感じた。知識としての文法や語彙は言語能力の基礎として必要だが,それをどう使いこなすのか,新しい環境で新しい人々に出会ったときに,そこで何を吸収し,何を発信できる力を身につけさせるのかといったコミュニケーション能力や認知能力に言及する発表がほとんど無かったことは,非常に残念であった。

ブリスベンから戻ると,メルボルンは連日の曇り空で,南極からの風が吹きつけている。それでも,家に帰ったという安心感と3学期の開始で,心は晴れやかである。(あおき ゆうこ)

< 前回へ