『言語文化教育研究』創刊号(2004 秋)
もくじ
第1部 論文
- 日本語教育におけるメディア・リテラシーの可能性 / アンドラハーノフ・アレクサンダー
- 日本語学習者の「日本人の思考・行動様式に関するステレオタイプ認識」の意識化について / 塙 誠一郎
- 自己と他者を取り結ぶことばとは何か / 狩野倫子
第2部 活動レポートから
- I 総合活動型日本語教育と私
- 協働的コミュニティーの設計,運営者としての日本語教師 / 古屋憲章
- 「教える」から「見つける」へ / 古賀和恵
- 等身大の語りが産み出す活動の意義 / 野波尚子
- 被支援経験者の視点から見る支援のあり方 / 林逸菁
- II 言語文化教育と私
- 「他者に伝わることば」を見つけるために / 古賀和恵
- III 日本語教育と私
- 私にとって日本語教育は何か / キム・ヨンナム
- わたしにとって日本語教育とは何か / 阿部葉子
- 縦と横のつながりを形成し立体化する教育の可能性 / 遠藤ゆう子
- わたしにとって日本語教育とは何か / 市嶋典子
- LOVE & HEART - walk this way / 鄭 京姫
- わたしにとって日本語教育とは何か / 陸 麗青
第3部 記録,他
- ことばが『産まれ出る』時空間づくり / 山田ボヒネック頼子
編集後記
この教育研究誌の母体は,早稲田大学大学院日本語教育研究科言語文化教育研究室であり,さらにその延長線上としてのNPO 法人「言語文化教育研究所」がある。
創刊号の本文からもわかるように,ここでの大きなテーマは,「言語文化教育とは何か」であり,その具体的な姿としての「総合活動型日本語教育」の設計・組織化および教室活動の支援の実現が当面の課題である。近く刊行される『考えるための日本語-問題を発見し解決する総合活動型日本語教育のすすめ』(細川英雄+ NPO 法人スタッフ編,明石書店)とも内容的に密接な関係がある。
大学院日本語教育研究科は,基本的にセメスター制をとっているので,理論研究科目としての「言語文化教育研究」の毎回の課題から「言語文化教育とは何か」が産出され,「実践研究科目「日本語教育学実践研究」からは,「総合活動型日本語教育とは何か」が生み出される。いずれも研究室メンバーの多くが,修士課程4 期のうちの第1 期目に履修する科目である。この二つの科目で,ほぼ研究室活動の基本が理解され,それぞれの研究活動が開始される。
もうひとつの特色は,研究室入学事前レポートである。
この研究室に入学の決定したメンバーは,実際の入学までの半年の間に12,000字程度のレポートを書かなければならない。それは,「私にとって日本語教育とは何か」というテーマである。このレポート執筆支援には,前期に入学したメンバーがメーリングリストによって交代で当たり,入学時には,この研究室の,メールによる嵐のようなインターアクションの試練に耐えられるようになっているはずである。溶鉱炉としての研究室のインターアクションの中でどのように這いずり回り,またそこからどのように這い上がるかは,メンバー一人ひとりの問題である。
この教育研究誌は,研究室関係メンバーの活動が中心になっているが,決してそれ以外の方々を排除する仕組みにはなっていない。今号では,2003年秋から1年間,早稲田大学に交換研究員として滞在し,総合活動型日本語教育の「実践研究」へもフルタイム参加した山田ボヒネック頼子さんの熱いインタビュー記録も掲載した。
むしろ,このように,世界の,いろいろな分野のさまざまな方々の,言語文化教育研究への参加を望むものである。「言語文化教育研究」の,勇気ある今後に期待してほしい。
(ほ)