プロセスで学ぶレポート・ライティング ― アイデアから完成まで

表紙『プロセスで学ぶレポート・ライティング ― アイデアから完成まで』

学生・社会人がレポートや報告書を作成するための手引きとなるテキスト。ディスカッションによりレポートのブラッシュアップを行っていく過程を示す【体験編】,その実例を具体的にわかりやすく解説し,理解をする【執筆編】(「構成」を考える・「対話」から考える・「言語」から考える・「形式」を決める)の二部構成。

あとがきより ― なぜ対話プロセスを体験するのか

細川英雄

人は何かものを書こうとするとき,テーマを必要とする。テーマがなければ,ものは書けない。この場合のテーマというのは,自分の中にある「書きたいこと」だ。しかし,その「書きたいこと」が直ちに自分にとって明らかになっているわけではない。だから,思ったことを好きなように書きなさいと言われても,白紙の原稿用紙を前にして何を書いたらいいのかわからないということになる。「文章を書かされる」不幸はここにあるといっていい。

したがって,ものを書こうとするときには,まず自分のテーマを発見することが重要なのだが,このテーマの発見の仕方についてかかれたものは,今までほとんどなかった,というよりも,この主題を書くということ自体が不可能なのかもしれない。なぜなら,それは,個人一人ひとりの体験知であって,他者に見せようとした瞬間に「作り物」になってしまうからだ。

だから,このテーマの発見そのものにはふれないようにして,文章作成の技術やスキルとしてその方法を記述・解説するという本がそれこそ星の数ほど出版されている。しかし,そうした技術やスキルを習得しようとすればするほど,テーマの発見は自分から遠ざかってしまう。なぜなら,技術とスキルを身につければ文章が書けると思う自分は,テーマを発見しようとする自分とは正反対の方向に走り出すからだ。つまり,テーマを発見するという行為のめざすところは,あくまでも自分の内側のはずなのに,技術やスキルは自分の外側にあるので,これを目的にして追い求めると,どんどんうすっぺらな思考の表層を上滑りすることになるからだ。

では,内側に向かって求心的に自分を掘り下げていくと,テーマは発見できるのか。

残念ながら,「書きたいこと」は初めから自分にとって明確であるわけではない。しかも,自分をどんなに掘り下げようと思っても,自分そのものの深さなど,わかりようもない。

だからこそ,他者とのやり取りが必要になるのである。

この他者とのやり取りが対話と呼ばれるものだ。対話によって,わたしたちは自分と相手との間に,それぞれのテーマを発見する糸口を見出すことができる。しかし,最終的には,すべては個人一人ひとりの自分の中にある問題なので,この対話とそのプロセスをどのように活かすかは,この個人にゆだねられているといっていい。(掲載にあたって一部変更)

※書評等がメルマガ「ルビュ言語文化教育」(バックナンバー)にも掲載されています。